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三十七菩提分のまとめ

自性四念住四正勤四神足五根五力七覚支八道支
心神足1
一境性定根定力定妙覚支正定4
正思惟1
精進断勤
律儀勤
修勤
随護勤
精進神足精進根精進力精進妙覚支正精進9
 喜妙覚支1
意欲意欲神足1
信根信力2
身随観
受随観
心随観
法随観
念根念力念妙覚支正念8
中捨捨妙覚支1
身軽安
心軽安
軽安妙覚支1
正語正語1
正命正命1
正業正業1
観神足慧根慧力沢法妙覚支正見5
141145578

縦に見る

  • 四念住は、いずれの自性も念であり、自性の数は1
  • 四正勤は、いずれの自性も精進であり、自性の数は1
  • 四神足の自性の数は4
  • 五根の自性の数は5
  • 五力の自性の数は5
  • 七覚支の自性の数は7
  • 八道支の自性の数は8
  • 菩提分に関する自性の総数は14

横に見る

  • 心、尋、喜、意欲、中捨、軽安、正語、正業、正命の9は、それぞれ1か所と相応
  • 信は2か所と相応。
  • 一境性は4か所と相応。
  • 慧は5か所と相応。
  • 念は8か所と相応。
  • 精進は9か所と相応。

八道支

道支とは悟りに至るための実践方法です。八正道という呼び名が一般的ですね。

具体的には
  • 正見(自性は慧根心所)
  • 正思惟(自性は尋心所)
  • 正語(自性は正語心所)
  • 正業(自性は正業心所)
  • 正命(自性は正命心所)
  • 正精進(自性は精進心所)
  • 正念(自性は念心所)
  • 正定(自性は一境性心所)
の8つです。いずれの自性も、42善速行心に相応する心所になります。42善速行心は以下の通りです。
  • 大善心8
  • 大唯作心8
  • 色界善心5
  • 色界唯作心5
  • 無色界善心4
  • 無色界唯作心4
  • 道心4
  • 果心4
それでは、それぞれの意味を考えてみましょう。

正見

これは、分かりやすく言うと「正しい思い込み」というような意味です。

例えば、自己肯定感が低い人は「自分は特別に価値がない存在だ」という思い込みを持っています。ですが、客観的に考えてこの思い込みは正しいでしょうか?もちろん、正しくないですね!

そもそも、人の価値をはかることなんて、そうそうできることじゃないですから。そう考えると、「自分は特別に価値がない存在だ」という思い込みは間違った思い込みということになります。

正思惟

これは、「正しい考え方」という意味です。考え方は僕たちの思い込みをベースにして生まれます。

例えば、さっきの例で行くと、もし「自分は特別に価値がない存在だ」という思い込みがある場合、「自分は人につくすことで足りない価値を補おう」とかいう考えが出てくるわけです。

当然、間違った思い込みからは、間違った考え方しか生まれません。逆に言うと、正しい思い込みを持つことで、正しい考え方が生まれるようになります。

正語

これは「正しい言葉」という意味です。

僕たちは、何かしゃべる前には、必ず頭の中で考えてからしゃべるという作業をしています。もし、そうでないと、自分の意識とは関係なしに、自動的に言葉が出てくることになり、不具合が出ますよね?

だから、必ず言葉の前には考え方が先行します。

正業

これは「正しい行い」という意味です。行いとは、僕たちがする行動全てのことです。歩いたり、寝たり、本を読んだり、トレーニングしたり、ジュースを飲んだり、掃除したり・・といった行動ですね。

これも正語と同じで、考え方が先行して、僕たちの行いが決定されます。正しい考えを口から表現したものが正語で、正しい考えを行動で表現したものが正業です。

正命

これは「正しい仕事」という意味です。前の、正語・正業とセットですね。正しい仕事とは正しい考え方に基づいて行う仕事です。

そもそも、正しいとは「人(生命)を幸せに導く」という意味ですから、農業とか、学校の先生とかは正しい仕事の代表的なものですね。

逆に、殺し屋という仕事は、間違った仕事の代表と言えます。

正精進

これは「正しい努力」という意味です。

正しい思い込みによって、正しい考え方が生まれます。そして、正しい考え方によって、僕たちは正しい言葉、正しい行動、正しい仕事をするようになります。

でも、それが3日坊主だったら意味はないわけです。ですから、せっかく生まれた正しい言葉、正しい行動、正しい仕事を忍耐によって続けましょうということです。

正念

これは「正しい気づき」という意味です。

努力して正しい言葉、正しい行動、正しい仕事を続けていると、そこから正しい気づきが得られます。

私たちは世の中で起きている因果関係のほんの一部しか理解していません。だから仕事でへまをしたり、人間関係でつまづくのです。

そのこれまで見落としていた因果関係に気づいていくことが、正しい気付きになります。

例えば、仕事で言うとちょっとしたコツをつかむことで、仕事の成果がグンと上がることがありますよね?そのコツっていうのは、仕事をうまくこなす因果関係に気づいたということです。

正定

これは「正しい集中力」という意味です。

因果関係にどんどん気づいて仕事をうまくこなせるようになると、それに応じて集中力もどんどん高まっています。

仕事ができる人をイメージしてください。

その人は仕事中、「ああ今日夜ご飯何食べようかな?」とか「仕事面倒だな。どうやってサボろうかな?」とか考えているでしょうか?

おそらく、考えていないはずです。仕事の事だけに100%集中しているはずです。だからその人は成果が出るのです。

七覚支

覚支とは悟りの基となるパーツ(部品)のような意味です。

「そもそも、三十七菩提分のすべてが悟りのパーツじゃないか?」という意見もありますが、覚支の場合は悟りそのものを構成しているパーツというような意味かと思います。

七覚支は以下の通りです。
  • 念妙覚支(自性は念心所)
  • 沢法妙覚支(自性は慧根心所)
  • 精進妙覚支(自性は精進心所)
  • 喜妙覚支(自性は喜心所)
  • 軽安妙覚支(自性は身軽安・心軽安心所)
  • 定妙覚支(自性は一境性心所)
  • 捨妙覚支(自性は中捨心所)
自性は42善速行心に相応するそれぞれの心所になります。42善速行心は以下の通りです。
  • 大善心8
  • 大唯作心8
  • 色界善心5
  • 色界唯作心5
  • 無色界善心4
  • 無色界唯作心4
  • 道心4
  • 果心4

沢法とは

沢は選択の沢ですので、沢法とは法を選択する、法を理解して判断するのような意味になります。

例えば、「あの人は絶対私のこと嫌いなんだ」というのは根拠もなく妄想的な判断であり、沢法ではありません。

あくまで事実を客観的に判断することを沢法と言い、沢法には智慧が必要なため、慧根心所が自性となっています。

五力

力とは反対法に出会っても頑として揺り動かされない強固な力を意味します。それぞれの反対法は九力をご参照くださいね。

五根のそれぞれが自分の仕事をしっかりしていくと、そこにゆるぎない力が生まれてきます。それが五力です。
  • 信力
  • 精進力
  • 念力
  • 定力
  • 慧力
これらは五根のはたらきによって生まれる力ですので、自性も五根と同じで42善速行心に相応する信心所などになります。42善速行心は以下の通りです。
  • 大善心8
  • 大唯作心8
  • 色界善心5
  • 色界唯作心5
  • 無色界善心4
  • 無色界唯作心4
  • 道心4
  • 果心4

五根

雑の摂で、二十二根というものに触れました。

根とは、「自身の働きにおいて偉大である」というような意味で、その働きにおいてリーダーシップを発揮する存在です。

二十二根は雑の摂に分類され、善法・不善法がまざっていましたが、五根は菩提分に分類されるので善法のみで構成されます。

具体的には以下の5つです。
  • 信根
  • 精進根
  • 念根
  • 定根
  • 慧根
これらの自性は善の速行心42に相応する信心所などです。ちなみに善の速行心42とは以下の通りになります。
  • 大善心8
  • 大唯作心8
  • 色界善心5
  • 色界唯作心5
  • 無色界善心4
  • 無色界唯作心4
  • 道心4
  • 果心4

四神足(成就の基礎)

禅、道、果という結果をもたらすために基礎となるものを神足(成就の基礎)と言います。

四正勤の場合と同様に不善心、善異熟心、唯作心、果心は神足と相応しません。神足と相応する心は21の善心、つまり大善心8、色界善心5、無色界善心4、道心4です。

四神足は以下の通りです。
  • 意欲神足(21善心と相応する意欲心所)
  • 精進神足(21善心と相応する精進心所)
  • 心神足(21善心)
  • 観神足(21善心と相応する慧根心所)
四主と内容は同じですね。

四正勤

正勤とは正しい努力という意味です。正しい努力は4つあります。

断勤

すでに生じた悪を遮断する努力のこと。すでに生じた悪とは、現世だけでなく過去世でなした悪も含まれます。

例えば、悪いことをして公開することは断勤ではありません。それを反省し再び悪行為をしないように気を付けることが断勤です。

律儀勤

未だ生じたことがない悪を生じさせない努力のこと。未だ生じたことがない悪とは過去世を除いた現世のみで生じたことのない悪を指します。

修勤

未だ生じたことがない善を生じさせる努力のこと。未だ生じたことがない善とは現世、過去世において生じたことのない世間善、出世間善を指します。

随護勤

すでに生じた善を増大させる努力のこと。すでに生じた善とは、現世、過去世での世間善のことです。



これら四正勤の自性は精進心所ですが、すべての心の精進心所が当てはまるではありません。まず、これらは善の行為ですので、不善心の精進心所は該当しません。該当するのは全身に相応する精進心所のみです。

また、善心でも善異熟心に相応する精進心所も該当しません。

さらに、阿羅漢のみに生じる唯作心に含まれる精進心所はこれらには含まれません。なぜなら阿羅漢は全ての悪が断たれており、上のような精進は不要だからです。

そして、果心4に相応する精進心所も、上の4つの精進作用とは関係ありません。(果心は道心の異熟心だから)

つまり、大善心8+色界善心5+無色界善心4+道心4=21の善心に相応する精進心所が、四正勤の自性となります。

四念住

念住とは、所縁(対象)に対して念(気づき)がしっかり住する(定着する)ことを言います。念住の自性は、大善心8、大唯作心8、安止速行心26に相応する念心所です。それでは順番に見てみましょう。

身随観(身に対し随観し続ける念住)

自身の32の身体の部分(色蘊)を所縁として、繰り返し観察する念住のこと。

この念住によって、自身の身体は実は不浄であるということに気づくことで、「自分の身体は清浄である」というひっくり返ったものの見方を断つことができます。

受随観(受に対し随観し続ける念住)

苦、楽、捨などの感覚(受蘊)を所縁として、繰り返し観察する念住のこと。苦受はもちろん苦であり、楽受・捨受なども無常であることを観察して、結局は苦であることを理解します。

このように、つまるところ一切は苦であると気づくことで、受は楽であるというひっくり返ったものの見方を断つことができます。

心随観(心に対し随観し続ける念住)

心(識蘊)を所縁として、繰り返し観察する念住のこと。

この念住によって心は無常であることに気づくことで、心は常であるというひっくり返ったものの見方を断つことができます。

法随観(法に対し随観し続ける念住)

法とは想蘊(想心所)、行蘊(思心所)であり、これらを所縁として、繰り返し観察する念住のこと。

法は無我であることを観察することで、あらゆるものには第一義法(心・心所・色・涅槃)だけしかないと知ることができます。

このとき法に対して生じている、「法は我である」というひっくり返ったものの見方を断つことができます。

菩提分とは

菩提とはパーリ語bodhi(ボーディ)から来ていて、悟りという意味があります。分とは部分・パーツのような意味があります。

つまり、「菩提分とは悟りに関係するパーツをグループにまとめてみました」みたいな意味ですね。

菩提分の摂は以下の通り。
  • 四念住
  • 四正勤
  • 四神足(成就の基礎)
  • 五根
  • 五力
  • 七覚支
  • 八道支
これらの数を全部足すと37になり、まとめて三十七菩提分と言います。