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五門路心の自性

五門路心を作用(はたらき)別に見ると
  • 五門引転心・・・1心刹那
  • 眼識(耳、鼻、舌、身)・・・1心刹那
  • 領受心・・・1心刹那
  • 推度心・・・1心刹那
  • 確定心・・・1心刹那
  • 速行心・・・7心刹那
  • 彼所縁・・・2心刹那
の7種、14心刹那になります。

また、五門路に生じる心は欲界心54です。

欲界心とは
  • 不善心12
  • 無因心18
  • 欲界善心24
のことです。

大所縁路

大所縁路とは、極大所縁路のときと比べて、眼が色所縁を少し遅れて認識した場合の心の流れです。

極大所縁路との違いは、最後に彼所縁が生まれないことです。

極大所縁路のときと比べて
  • 1心刹那遅れて所縁を認識したときの流れを、第一大所縁路
  • 2心刹那遅れて所縁を認識したときの流れを、第二大所縁路
といいます。

第一大所縁路

第一大所縁路

極大所縁路と比べて、所縁を認識するのが1心刹那遅れたケースです。

このとき流れの最後に彼所縁が生まれる前に、物質の寿命が尽きてしまうので、彼所縁が生まれることができません。そこで、被所縁なく流れは終了し、有分に堕ちます。

第二大所縁路

第二大所縁路

第一大所縁路のときと比べて、さらに所縁の認識が1心刹那遅れた場合の五門路心の流れが、第二大所縁路です。

最後、ギリギリ速行心が7回生まれて終わっています。

極大所縁路

五門路
例えば、眼で対象を認識するときの要素として次の4つありました。
  • 色所縁
  • 作意
作意とは心所の一つで、他の心や心所を先導するような働きがあります。

例えば、お母さんは大きな雷の音で目を覚まさないけど、小さな子供の泣き声で眼を覚ますことがあります。

この場合、作意が
  • 雷の音には注意を向ける必要なし
  • 子供の声には注意を向ける必要あり
と、心を対象に向けるかどうかを決定しているわけですね。

さて、極大所縁路とは五門路の流れが最も長くなるときの状態を指します。上の図の状態がそうですね。

簡単に言うと、物質が生まれる瞬間と、その物質を認識し始める瞬間が同時の時ということです。

このとき、4つの条件が完璧にそろっている必要があります。(どれか一つでも欠けていると、眼が色所縁を認識するまでの時間が長くなります。)

極小所縁路

小所縁路のときよりも、さらに所縁を認識するのが遅れると、確定心が生まれなくなります。

確定心は五門から入った情報を確定させるはたらきがあり、五門引転心から確定心まではワンセットなのです。

ですから、確定心が生まれないという事は、五識(眼識、耳識、鼻識、舌識、身識)も生まれず、全く所縁を認識できないという事になります。

このときの流れを極小所縁路といいます。

例えば、眼識が生まれる際に必要な条件は
  1. 色所縁(物質)
  2. 作意
でした。

これらの条件のどれかが欠ければ欠けるほど、眼が物質を認識するのが遅れるわけですね。

そして、あまり眼の認識が遅れると、眼が物質を認識する前に、物質の寿命が尽きて、全く認識できないまま終わってしまうのが、この極小所縁路です。

これを踏まえて胎児の例があります。

胎児は、胎内にいるときすでに眼がある程度でき上がりますが、胎内に光がないので、胎児は眼門路が生まれません。(つまり、極小所縁路が生まれていることになります。)

また、胎児は鼻で呼吸しないことから、香所縁が鼻に触れる事はありません。(つまり、極小所縁路が生まれていることになります。)

第一極小所縁路

第一極小所縁路

第六小所縁路のときより、さらに所縁の認識が1心刹那遅れた場合、極小所縁路となり確定心が生まれません。

確定心が生まれないということは五門路が生じないことになり、所縁を認識できないことになります。

有分心が微妙に所縁に反応して、有分動揺が2心刹那生まれますが、その後はすぐに有分心にもどります。

第二極小所縁路

第二極小所縁路

第二極小所縁路は、第一のときよりもさらに1心刹那反応が遅れた場合の心の流れです。

第三極小所縁路

第三極小所縁路
第三極小所縁路は、第二のときよりもさらに1心刹那反応が遅れた場合の心の流れです。

第四極小所縁路

第四極小所縁路
第四極小所縁路は、第三のときよりもさらに1心刹那反応が遅れた場合の心の流れです。

第五極小所縁路

第五極小所縁路
第五極小所縁路は、第四のときよりもさらに1心刹那反応が遅れた場合の心の流れです。

第六極小所縁路

第六極小所縁路
第六極小所縁路は、第五のときよりもさらに1心刹那反応が遅れた場合の心の流れです。

これよりも有分心が所縁を捉えるのが遅れる場合、有分動揺すらも生じることができず、まったく所縁に反応できない状態になります。

小所縁路

小所縁路とは、速行心すら生れられなくなるほど、後になって所縁を認識したケースの五門路です。

第二大所縁路のとき、速行心7つ目が、ギリギリ物質の寿命と同時に生まれていました。

しかし、それより1心刹那、所縁の認識が遅れると速行心が生れられなくなります。(速行心は7つセットで生まれるから)

私たち一般の人間に生まれる速行心とは主に不善心、大善心です。これはイメージで言うと感情と考えてもいいかもしれません。

つまり小所縁路とは、何か見ても『見えた』と認識するくらいで、そこに感情がともなわない場合の五門路です。

次の6つあります。

第一小所縁路

第一小所縁路

第一小所縁路では、物質が目の前に現れて、7心刹那目にようやく五門引転心が生まれます。

速行心は7つセットで生まれるので、小所縁路では生まれることができず、確定心が3つ生まれてすぐに有分に落ちます。

第二小所縁路

第二小所縁路

第二小所縁路は、第一のときよりもさらに1心刹那遅れて所縁を認識したときの流れです。

第三小所縁路

第三小所縁路
第三小所縁路は、第二のときよりもさらに1心刹那遅れて所縁を認識したときの流れです。

第四小所縁路

第四小所縁路
第四小所縁路は、第三のときよりもさらに1心刹那遅れて所縁を認識したときの流れです。

第五小所縁路

第五小所縁路
第五小所縁路は、第四のときよりもさらに1心刹那遅れて所縁を認識したときの流れです。

第六小所縁路

第六小所縁路

第六小所縁路は、第五のときよりもさらに1心刹那遅れて所縁を認識したときの流れです。このとき確定心は一つ減って2つになります。

五門路の流れ

五門路

通常、人間にはただ生きているだけで有分心という潜在的な心が常に流れています。

しかし、例えば眼に色所縁が現れたときに、有分心はその流れを止めて、色所縁を認識する流れに切り替えます。この時に現れる心の流れが眼門路です。

そして、切り替え作業を担当する心が五門引転心でした。

ここで注意したいのは、心の流れが2つ同時には生まれないことです。あなたが車を運転していて、2つの道を同時に通れないようなものです。

上の図で言うと、途中から青い道と赤い道が2つに分かれていますね。
  • 青い道を通れば赤い道は通れません。
  • 赤い道を通れば青い道は通れません。
ということですね。

過去有分

上の図をもう一度見て下さい。この図は簡単に言うと、眼で何かを見て『見えた!』と認識する際の心の流れです。

まず最初に眼門に色所縁(見える対象)が現れないと絶対に見えませんね。

ここでいう色所縁とは素粒子のような物質の最小単位のことです。私たちが『もの』と認識するものはすべて素粒子の集まりなのです。

そして素粒子一つ一つにも寿命があります。生まれてもすぐに壊れてしまう。

でも、壊れたときのエネルギーによってまたすぐ別の素粒子が生まれる・・・

ということを延々とくり返しています。

私たちはその素粒子の生まれ変わりの流れを、とても大まかに見ているに過ぎないのです。そして、図にある物質の寿命とは一つの素粒子の寿命だとイメージしてください。

さて、そんな物質が眼の前にフッと生まれたとします。

しかし、物質が生まれるときの1心刹那(黄色の部分)は、物質のエネルギーがまだ弱く、眼でまだその物質をとらえることができません。

まるで、目の前に誰かいるけど影が薄くて門番がその存在に気づかないようなものですね。つまり、眼が物質に対応し始めるのは第2心刹那(赤い部分)からなのです。

このように、物質が眼の前に生まれてすぐで、まだ眼門に対象として現れてないときの心を過去有分と言います。

有分動揺

物質が眼の前に生まれ、1心刹那過ぎてようやく心は物質を認識する準備を始めます。

これまではずっと有分心の流れが連続していたわけですが、眼で対象をとらえるためには五門引転心によって五門路の流れに切り替えなければいけません。

しかし、いきなり有分心から五門引く転心に切り替わることはできません。準備期間が必要なのですね。

さて、ここで復習ですが、心とは『対象を認識する働き』のことでした。この対象ののことを所縁といいますね。つまり所縁がないと心は生まれないわけです。

これを踏まえて、有分心が私たちの潜在的な心として流れ続けているということは有分心も何か所縁を認識する働きとして生まれているわけです。

有分心の所縁はずばり、業、業相、趣相です(これは詳しくは後でやります)。

しかし五門引転心になると、所縁は対象の物質になるのですね。つまり、とる所縁も変わるので、その時に不安定になって動揺します。その状態が有分動揺です。

有分捨断

  • 有分心は所縁として業、業相、趣相をとる。
  • 五門引転心は所縁として対象の物質をとる。
とお話しました。

このとき有分心はこれまで所縁としていた業、業相、趣相から所縁を物質に変えて五門引転心を生じさせるわけです。

しかし、いきなり切り替えることはできません。走っている人が急に止まろうとしても何歩か出てしまうに、少し準備期間が必要なのです。

この準備期間は2心刹那必要です。
  • 最初の心刹那が有分動揺
  • 次の心刹那が有分捨断
と呼ばれます。実際に有分心を遮断して五門引転心を生じさせる働きがあるので、有分捨断と呼ばれます。

五門引転心

有分捨断で、有分心が遮断された後に五門引転心が生まれます。

五門引転心のはたらきは、有分心の流れから五門路の流れへ心の流れを切り替える働きがあります。

まるで、レバーでガッチャンと電車の方向性を切り替えるようなイメージですね。五門引転心のはたらきによって五門路の流れに入ります。

眼識(耳色、鼻識、舌識、身識)

五門引転心の後にようやく5つの感覚器官に所縁が触れたという情報を認識します。

しかし、このときはまだ何かが『触れた』という情報だけで、それが何かは全く分かりません。あくまで5つの感覚器官で『触れた』という情報を感知するだけです。

領受心

5つの感覚器官で感知した情報は、次に心基に送られて、そこで情報を受け取ります。この心基で情報を受け取る働きをするのが領受心です。

ちなみに
  • 眼識が生まれる場所が眼基
  • 耳識が生まれる場所が耳基
  • 鼻識が生まれる場所が鼻基
  • 舌識が生まれる場所が舌基
  • 身識が生まれる場所が身基
であり、同様に意界、意識界が生まれる場所が心基です。(領受心は意界のグループに属しています。)

心基の説明は注釈書には『心臓の中にある物質』というような説明がありますが、現代的に考えると『心基=脳』と解釈するのがスマートでしょう。

分かりやすく言うと、
  • 眼で情報を感知するはたらきが眼識
  • その情報を脳で受け取るはたらきが領受心
というイメージですね。

領受のはたらきをする心はもちろん
  • 無因不善異熟・領受心1
  • 無因善異熟・領受心1
の2つです。

推度心

領受心が受け取った情報に対して、『これ何だろうな??』と調べる調査員が登場します。この調査員が推度心です。

推度心は次の3種類です。
  • 無因不善異熟・捨倶・推度心
  • 無因善異熟・捨倶・推度心
  • 無因善異熟・喜倶・推度心

確定心

推度心が調べた情報に対して、『これは○○である!』と、確定させるはたらきをするのが確定心です。

確定のはたらきを担当するのが、意門引転心 の一つだけですね。

欲界速行

確定した情報に対して、エネルギーが一気にふき出す様に速行心が7回生まれます。

例えるなら、裁判官がハンコをぽんと押したとたん(確定心)に、7人の死刑執行部隊が死刑を執行する(速行)ようなイメージです。

ここで、おさらいですが、五門路は五つの感覚器官に依存して生まれる心の流れです。つまりこれは欲界の心の流れを意味しています。ですから、速行のはたらきをするのも欲界心です。
  • 不善心12
  • 大善心8
  • 大唯作心8(阿羅漢のみ)
  • 笑起心1(阿羅漢のみ)
大唯作心と笑起心は、最高に悟った人だけに生まれる心ですから、私たち一般の人間に関係する速行は
  • 不善心12
  • 大善心8
のどちらかです。

例えば、

ミミズを見て『気持ち悪い』と思ったときは、速行のはたらきをしているのは不善の瞋根心ですね。

ケーキを見て『おいしそう!』と思ったときは、速行のはたらきをしているのは不善の貪根心になります。

つまり、単に感情的に反応した場合はたいてい速行は不善心になってしまうのですね。

ではどうしたら大善心を起こすことができるか?

それには、如理作意が必要です。如理作意とはものごとの道理を理性的によく考えることです。

例えば、ケーキを見ても

『確かにおいしいかもしれない。でも一時の感情でケーキを貪ったところで何になるだろう。だから今の自分の体に必要な分だけ取り入れて、今日一日のエネルギーにしよう!』

と、理性的に考えることで、不善心の発生を防ぐことができます。

彼所縁

彼所縁とは速行にしたがって、速行と同じ所縁をもう一度とるはたらきをします。速行のアフターフォローのようなイメージで、最後に2心刹那分生まれます。

これはあくまで私見ですが、次のようなイメージだと私は解釈しています。
  • 裁判で判決のハンコを押す(確定心)
  • 死刑を執行する(速行)
  • 執行後の後片付けする(彼所縁)
そして、何もなかった状態、つまり有分心の流れにまた戻っていくわけですね。

彼所縁のはたらきをするのは
  • 無因不善異熟・推度心1(捨倶)
  • 無因善異熟・推度心2(捨倶、喜倶)
  • 大異熟心8
の11です。

有分に堕ちる

彼所縁が2心刹那生まれた後は、また有分心の流れに戻ります。これを有分に堕ちると言います。

いわゆる、
  • 有分心の流れは潜在意識の流れ
  • 五門路の流れは顕在意識の流れ
と解釈できます。

所縁である物質の寿命が尽きると、それにともなって五門路の流れも終了し、有分心の流れに戻るわけですね。

私たちはこの反応を
  • 眼であれば色所縁
  • 耳であれば声所縁
  • 鼻であれば香所縁
  • 舌であれば味所縁
  • 身であれば触所縁
に対して、数え切れないくらいの数くり返して生きているわけです。

ちなみに、もう一度おさらいですが、図に『物質の寿命』とありますが、ここでいう物質とは物質の最小単位のことです。現代的には素粒子というイメージになるでしょう。

つまり、色所縁、声所縁、香所縁、味所縁、触所縁のすべてがもとを正せばすべて素粒子からできていますから、図でいう『物質』だと考えて問題ありません。

まとめ

五門路

五門路は図の赤線の部分のことでした。
これを踏まえてまとめます。
  1. 五門引転心・・・1心刹那
  2. 五識(眼識、耳識、鼻識、舌識、身識)・・・1心刹那
  3. 領受心・・・1心刹那
  4. 推度心・・・1心刹那
  5. 確定心・・・1心刹那
  6. 速行心・・・7心刹那
  7. 被所縁・・・2心刹那
はたらきで数えると、五門引転心から被所縁までの7種類です。心刹那で数えると、計14心刹那になります。

また、五門は欲界の生命にしか存在しないので、五門路に生まれる心も必然的に欲界心54になります。

五門路とは?

五門路とは、五つの所縁『色・声・香・味・触』が、五つの門『眼門・耳門・鼻門・舌門・身門』に現れたときに生まれる心の流れの事です。

しかし、例えば色所縁が眼門に現れたとたんに、眼識(眼での認識)が生まれるわけではありません。

というのも、眼識が生まれるためには
  • 色所縁
  • 作意
の4つがきっちりそろっている必要があるからです。このどれか一つでも不十分だと、眼が色所縁を認識するまでに時間がかるのですね。

つまり、

眼に色所縁が現れていても、その他条件がそろっていれば早く眼識が生まれ、その他条件がそろっていなければ眼識が生れにくくなるわけですね。

今から例えを出します。あくまで例えですので実際はもっともっと微小なものだとご理解下さい。

あなたが車で道を走っているとします。道のわきにある看板の前を通り過ぎました。このとき、あなたの眼には看板の姿が一瞬フッと映ったとします。

この場合4つの条件のうち、あなたの眼・色所縁(看板)の2つはそろっていますね。

しかし、夜で光が少なければ、看板の内容をはっきり認識できないでしょう。

さらに、ボーっとしていて注意が看板に向いていなければ、同じように看板の内容をはっきり認識できません。これと同じようなイメージです。