| 生じる心 | 色所縁 | 声所縁 | 香所縁 | 味所縁 | 触所縁 | 法所縁 | |
| 2 | 眼識2 | ○ | |||||
| 2 | 耳識2 | ○ | |||||
| 2 | 鼻識2 | ○ | |||||
| 2 | 舌識2 | ○ | |||||
| 2 | 身識2 | ○ | |||||
| 3 | 五門引転心1 領受心2 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |
| 12 | 大異熟心8 推度心3 笑起心1 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | 欲界所縁 |
| 20 | 不善心12 大善心・智不相応4 大唯作心・智不相応4 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | 欲界所縁 大所縁 施設所縁 |
| 5 | 大善心・智相応4 色界善神通1 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | 阿羅漢道・果心 以外のすべて |
| 6 | 大唯作心・智相応4 色界唯作神通1 意門引転心1 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
| 6 | 無色界心・第二×3 無色界心・第四×3 | 大所縁 | |||||
| 21 | 色界心15 無色界心・第一×3 無色界心・第三×3 | 施設所縁 | |||||
| 8 | 出世間心8 | 涅槃 |
単複所縁まとめ
複所縁心
欲界所縁・大所縁・施設所縁をとる
所縁を界で分類した場合、- 欲界所縁(欲界レベル)
- 大所縁(色界・無色界レベル)
- 無上所縁(出世間レベル)
- 施設所縁
- 不善心12(速行)
- 智不相応・大善心4(速行)
- 智不相応・大唯作心4(速行)
はたらきで言うと、これらの心はすべて速行のはたらきをします。不善や智不相応心は出世間レベルの無上所縁によって生まれる事はありません。
阿羅漢道心・果心をのぞく全ての所縁をとる
阿羅漢道心・果心をのぞく全てを所縁とする心は次のとおりです。- 智相応・大善心4
- 色界善心・第五禅(神通)1
例えば、一来果に悟った人の場合、不還道・果心を所縁とできません。まだ、体験したことのない上位の心が所縁となる事はありえないからです。
同じように、例えば色界善心・第四禅が生じる場合、第五禅が所縁になる事はありません。
また、阿羅漢の善心は唯作心となるため、ここでの分類で阿羅漢道心・果心が所縁になることはありません。
全ての所縁をとる
全ての所縁をとる心はお釈迦様にしか生じないとされています。一切知者であるお釈迦様が次の心を生じさせた場合、すべてが所縁となり得るわけです。- 智相応・大唯作心4
- 色界唯作心・第五禅1(神通)
- 意門引転心1
阿羅漢になっていない人が阿羅漢果心を所縁として意門引転心を生じさせることは不可能です。このように、これらの心はすべての所縁をとり得ると表現した方が適切かもしれません。
単所縁心
欲界所縁のみ
まず、欲界所縁のみを対象とする単所縁心についてです。欲界所縁のみを対象とする単所縁心はさらに、- 1つの欲界所縁をとる心
- 5つの欲界所縁をとる心
- 6つの欲界所縁をとる心
1つの欲界所縁をとる心(五識界)
これに該当する心は、無因善・不善異熟の五識、すなわち以下の10心になります。- 眼識×2
- 耳識×2
- 鼻識×2
- 舌識×2
- 身識×2
- 眼識×2 ⇔ 色所縁
- 耳識×2 ⇔ 声所縁
- 鼻識×2 ⇔ 香所縁
- 舌識×2 ⇔ 味所縁
- 身識×2 ⇔ 触所縁
5つの欲界所縁をとる心(意界)
これに該当する心は意界と呼ばれる以下の3心です。- 五門引転心1
- 領受心2
- 色所縁
- 声所縁
- 香所縁
- 味所縁
- 触所縁
6つの欲界所縁をとる心
これに該当する心は彼所縁11、笑起心と呼ばれる以下の12心です。- 大異熟心8
- 無因不善異熟推度心1
- 無因善異熟推度心2
- 笑起心
- 色所縁
- 声所縁
- 香所縁
- 味所縁
- 触所縁
- 法所縁(欲界所縁の)
ここで注意ですが、法所縁はすべての法所縁ではなく、あくまで欲界所縁に含まれる中での法所縁です。
すべての法所縁は
- 浄色5
- 細色16
- 心89
- 心所52
- 涅槃
- 施設
心89のうち欲界所縁に含まれるのは欲界心54であり、涅槃・施設も欲界所縁でないことから、ここで該当する法所縁は以下のようになります。
- 浄色5
- 細色16
- 心54
- 心所52
大所縁のみ
大所縁とは、色界心・無色界心とそれらに含まれる心所のことです。大所縁のみを所縁としてとる単所縁心は以下の6つです。- 無色界善心・第二(識無辺処)
- 無色界善心・第四(非想非非想処)
- 無色界異熟心・第二
- 無色界異熟心・第四
- 無色界唯作心・第二
- 無色界唯作心・第四
無色界善心について
- 第二善心は必ず第一善心を所縁として生まれます。
- 第四善心は必ず第三善心を所縁として生まれます。
無色界異熟心について
第二善心で死んだ場合、次の生は第二異熟心で生まれます。このときの第二異熟心は、過去生につくった第一善心の業相を所縁とします。第四と第三の関係も同様です。無色界唯作心について
阿羅漢前に、第一善心を得、阿羅漢後に第二唯作心を得た場合。
このときの第二唯作心は、阿羅漢前の第一善心を所縁として生じます。阿羅漢後に、第一唯作心、第二唯作心を得た場合。
このときの第二唯作心は、第一唯作心を所縁として生じます。第四と第三の関係も同様です。施設所縁のみ
施設所縁だけを対象とする単所縁心は次のとおり。- 色界善心15
- 無色界善心6(無色界善心第一・第三、無色界異熟心第一・第三、無色界唯作心第一・第三)
涅槃のみ
涅槃とはすべての苦しみが滅尽した状態であり、悟りの境地です。つまり、次の8つの出世間心が涅槃だけを対象に生まれます。- 預流道心・果心
- 一来道心・果心
- 不還道心・果心
- 阿羅漢道心・果心
単所縁心と複所縁心
所縁を界で分けると
これらのうち、
- 欲界所縁
- 大所縁
- 無上所縁
- 施設所縁
これらのうち、
- 欲界所縁のみを対象とする心
- 大所縁のみを対象とする心
- 無上所縁のみを対象とする心
- 施設所縁のみを対象とする心
所縁を勝義、施設で分ける
所縁は、ぜんぶで
すなわち、施設以外の
勝義諦の説明はこちら
- 心
- 心所
- 色
- 涅槃
- 施設
勝義所縁
勝義所縁は、いわゆる勝義諦のことですね。すなわち、施設以外の
- 心
- 心所
- 色
- 涅槃
勝義諦の説明はこちら
施設所縁
施設のみになります。施設は、概念やイメージの事です。所縁を名色で分ける
次に名色で分けます。
ここで、所縁を心に属するものと、物質に属するものと、それ以外の3つに分けます。
施設の詳しくはこちらをご参照下さい。
- 名とは心のこと
- 色とは物質のこと
ここで、所縁を心に属するものと、物質に属するものと、それ以外の3つに分けます。
色所縁
色所縁は、もちろん色28です。名所縁
名所縁では心に関する所縁を一まとまりにします。ここでは涅槃も名所縁に含んで、- 心89
- 心所52
- 涅槃
施設所縁
施設所縁は、名にも色にも該当しませんので、別として分類します。施設は概念・イメージのことであり、物質・心には直接関係ありません。施設の詳しくはこちらをご参照下さい。
所縁を内外処で分ける
内外とは、私の内側と私の外側という意味です。ここでは、内側、外側、どちらでもないの3つに分けます。
内処所縁
内処所縁とは生命(体)の内側にある所縁のことで、以下が内処所縁に分類されます。- 心89
- 心所52
- 色28
外処所縁
外処所縁とは生命(体)の外側にある所縁のことで、以下が外処所縁に分類されます。- 心89
- 心所52
- 色28
- 涅槃
- 施設
離内外処所縁
第四無色界善心の所縁となる第三無色界善心のことです。内にあるでもなく、外にあるでもない無処有を指します。所縁を時間で分類する
所縁を4つの時間領域で分類します。
例えば、音楽を聴いて耳識が生まれる場合、音楽が所縁になって耳識が生まれます。このとき、音楽は今現在存在するものでなければいけませんね。
過去にあった音楽を聞く事はできませんから(想像することはできますが)。この場合の音楽は現在所縁と言われます。
の事をさします。
例えば、『堀口寿人』という名前がそうです。堀口寿人は、今私に対してつけられているタグのようなものです。
私が死んでも、名前はなくなる事はありません。名前は単なるイメージなので、今も昔もないわけですね。
涅槃も、苦しみが滅尽した状態なので、過去にあったとか未来にあるだろうとか言えるものではないわけです。施設も涅槃も、生まれては滅する性質のものではないということですね。
- 現在
- 過去
- 未来
- 離時
現在所縁
今、この瞬間に存在している所縁(認識対象)のこと。具体的には、現在存在している、心89、心所52、色28の事をさします。例えば、音楽を聴いて耳識が生まれる場合、音楽が所縁になって耳識が生まれます。このとき、音楽は今現在存在するものでなければいけませんね。
過去にあった音楽を聞く事はできませんから(想像することはできますが)。この場合の音楽は現在所縁と言われます。
過去所縁
過去に存在していた所縁(認識対象)のこと。具体的には、過去に存在していた、心89、心所52、色28の事をさします。未来所縁
未来に存在するであろう所縁(認識対象)のこと。具体的には、未来に存在するであろう、心89、心所52、色28の事をさします。の事をさします。
離時所縁
離時とは時間という概念に関係ないという意味があります。離時所縁は、次の2つです。- 施設
- 涅槃
例えば、『堀口寿人』という名前がそうです。堀口寿人は、今私に対してつけられているタグのようなものです。
私が死んでも、名前はなくなる事はありません。名前は単なるイメージなので、今も昔もないわけですね。
涅槃も、苦しみが滅尽した状態なので、過去にあったとか未来にあるだろうとか言えるものではないわけです。施設も涅槃も、生まれては滅する性質のものではないということですね。
所縁を界で分類する
次に、6つの所縁
界で分けた場合は、次の4つになります。
欲界所縁は次のとおり。
また、色所縁の色は眼に見えるものという意味で、物質の色と区別するために色色と表現することもあります。
禅定に入るために必要な所縁と言う意味ではありませんのでご注意くださいね。(禅定に入るための所縁は多くの場合、施設所縁になります)
大所縁は次のとおり。
無上所縁は次のとおり。
施設の説明はこちらをご参考下さい。
- 色所縁
- 声所縁
- 香所縁
- 味所縁
- 触所縁
- 法所縁
界で分けた場合は、次の4つになります。
欲界所縁(欲界レベル)
欲界所縁は、欲界レベルの所縁という意味です。欲界心が生まれる対象となる所縁という意味ではありませんので、ご注意くださいね^^;欲界所縁は次のとおり。
- 欲界心54(不善心12、無因心18、欲界浄心24)
- 欲界心に相応する心所52
- 色28
また、色所縁の色は眼に見えるものという意味で、物質の色と区別するために色色と表現することもあります。
大所縁(色界・無色界レベル)
大所縁の大とは大心、つまり色界心+無色界心を意味しています。つまり大所縁とは色界・無色界レベルの所縁という意味です。禅定に入るために必要な所縁と言う意味ではありませんのでご注意くださいね。(禅定に入るための所縁は多くの場合、施設所縁になります)
大所縁は次のとおり。
- 大心(色界心15、無色界心12)
- 大心に相応する心所35
無上所縁(出世間レベル)
無上とは、この上がない、最上のという意味です。つまり、無上所縁とは出世間(悟り)レベルの所縁という意味になります。出世間心が生まれる対象(所縁)という意味ではありません。無上所縁は次のとおり。
- 出世間心8
- 出世間心に相応する心所36
- 涅槃
施設
施設は、前回の説明と同じですので、省略します。施設の説明はこちらをご参考下さい。
所縁
心とは対象を認識するはたらきです。
裏を返せば、心が生まれるとき、何かしらふさわしい対象があるわけですね。その対象の事を所縁といいます。
感覚器(五感+脳)と所縁がぶつかる事で心が生まれるわけです。所縁には次の6つあります。
色所縁とは、色のことです。
色とは、視覚を感じさせるものという意味ですね。つまり、見えるものです。見えるものをすべて一まとまりにしています。
同じように、
という意味になります。
法(dhamma)とはいくつかの意味を持っていますが、ここではあらゆるものごと、現象をさしています。
具体的には次の6種類あります。
例えば人は「眼、耳、鼻、舌、身」という感覚器官に、それぞれ「色、声、香、味、触」という対象が触れて、五感からの認識がスタートします。
これらの感覚器官と、認識対象以外の物質が細色です。
例えば、性別を決めている染色体という物質がありますが、これは五感で感じられるものではありませんね。
こういったものも細色として分類されます。
細色の詳細はこちら
例えば、お茶をイメージしてください。
お茶(溶液) = 水(溶媒) + お茶の成分(溶質)
ですね。
今回のテーマである法所縁の心は、溶液である89心をさしています。
例えば生まれてからずっとゴミ屋敷に住んでいる人がいて、一度も片付けたことがないとします。その人は部屋に一つもものがない状態を理解する事はできませんね。
しかし、部屋に一つもものがない状態はあるのです。ただその人には経験がないので理解できません。その時のすがすがしさも、満たされた感覚も。
同じように、私たちは生まれてこの方、煩悩というゴミ屋敷にずっと住んでいます。それが一つ残らず除去された状態が涅槃です。
例えば、”車”というのも施設です。
なぜなら、車というもの自体は存在しないからです。私たちは、タイヤが4つついていて、鉄板とガラスで覆われていて、走るものを概念的に車と呼びます。
同じように”男”というのも施設です。色んなものが組み合わさった集合体にすぎないからです。
また、『山田さん』などの名前も施設です。山田さんという唯一絶対的な実体があるわけではないからです。
施設とは反対に、絶対的に実体があるとされるものは勝義諦と呼ばれています。
裏を返せば、心が生まれるとき、何かしらふさわしい対象があるわけですね。その対象の事を所縁といいます。
感覚器(五感+脳)と所縁がぶつかる事で心が生まれるわけです。所縁には次の6つあります。
- 色所縁
- 声所縁
- 香所縁
- 味所縁
- 触所縁
- 法所縁
色所縁(声、香、味、触)
色所縁とは、色のことです。
色とは、視覚を感じさせるものという意味ですね。つまり、見えるものです。見えるものをすべて一まとまりにしています。
同じように、
- 声所縁とは声(聴覚を感じさせるもの)
- 香所縁とは香(嗅覚を感じさせるもの)
- 味所縁とは味(味覚を感じさせるもの)
- 触所縁とは触(触覚を感じさせるもの)
という意味になります。
法所縁
眼に入って、視覚を感じさせるものが色所縁であったように、心に入るものをすべて法所縁といいます。法(dhamma)とはいくつかの意味を持っていますが、ここではあらゆるものごと、現象をさしています。
具体的には次の6種類あります。
浄色
浄色とは、感覚器官の事ですね。すなわち、眼、耳、鼻、舌、身のことです。細色
細色とは五感では感じられない微細な物質の事です。例えば人は「眼、耳、鼻、舌、身」という感覚器官に、それぞれ「色、声、香、味、触」という対象が触れて、五感からの認識がスタートします。
これらの感覚器官と、認識対象以外の物質が細色です。
例えば、性別を決めている染色体という物質がありますが、これは五感で感じられるものではありませんね。
こういったものも細色として分類されます。
細色の詳細はこちら
心
法所縁の3つ目は心です。心とは、対象を認識するはたらきの事です。例えば、お茶をイメージしてください。
お茶(溶液) = 水(溶媒) + お茶の成分(溶質)
ですね。
- 溶質とは、溶けるもの
- 溶媒とは、溶質がとける対象になるもの
- 溶液とは、『溶質+溶媒』のこと。
- 溶質 → 心所
- 溶媒 → 心
- 溶液 → 89心(不善心とか善心とか)
今回のテーマである法所縁の心は、溶液である89心をさしています。
心所
心所は溶媒としての心にとけるもので、合計で52あります。涅槃
涅槃とは苦しみが寂滅した後の状態をさします。涅槃という状態はありますが、物質的・空間的にどこかに存在しているわけではありません。例えば生まれてからずっとゴミ屋敷に住んでいる人がいて、一度も片付けたことがないとします。その人は部屋に一つもものがない状態を理解する事はできませんね。
しかし、部屋に一つもものがない状態はあるのです。ただその人には経験がないので理解できません。その時のすがすがしさも、満たされた感覚も。
同じように、私たちは生まれてこの方、煩悩というゴミ屋敷にずっと住んでいます。それが一つ残らず除去された状態が涅槃です。
施設
施設とはイメージ・概念の事ですね。実際に存在しないものです。例えば、”車”というのも施設です。
なぜなら、車というもの自体は存在しないからです。私たちは、タイヤが4つついていて、鉄板とガラスで覆われていて、走るものを概念的に車と呼びます。
同じように”男”というのも施設です。色んなものが組み合わさった集合体にすぎないからです。
また、『山田さん』などの名前も施設です。山田さんという唯一絶対的な実体があるわけではないからです。
施設とは反対に、絶対的に実体があるとされるものは勝義諦と呼ばれています。
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