受で分類する

受(心所)とは感覚のことです。

心とは対象を認識するはたらきのことでした。
  • 死体は対象を認識できないから心がない。
  • 私たちは対象を認識できるから心がある。
という、判断ですね。

それで、まず対象を認識するためには、対象と触れる必要がありあます。

その最初の接触のときに生まれる心所が触(心所)ですね。

それで触をきっかけとして生まれるのが、痛いとか、気持ちいいとかいった感覚を感じる受(心所)です。

ここで、触をきっかけとして受が生まれるといいましたが、実際は触と受は同起の性質上、同時に生まれます。

3つに分ける

対象の違いによって次の3つに分けられます。
  • 苦・・・好ましくない感覚
  • 楽・・・好ましい感覚
  • 不苦不楽・・・どちらでもない感覚
生命は、好ましくない対象(不好所縁)に触れたときに好ましくない感覚を感じます。

例えば、注射針でチクッとされるとき、痛いし血も出ますよね。

この場合、注射針は、好ましくない対象(不好所縁)で、感じる受は苦という事になります。

逆に、山で清流の音を聞いて癒されたとします。

この場合、清流の音は、好ましい対象(好所縁)で、感じる受は楽という事ですね。

あまりきにならない日常の雑音などは、どちらでもない対象(好中所縁)で、感じる受は不苦不楽ということになります。

5つに分ける

受は5つに分ける事もできます。

3つに分ける場合、
  • 不苦不楽
でしたが、楽を体の感覚と心の感覚に、苦を体の感覚と心の感覚にそれぞれ分けることで次の5つになります。
  • 楽・・・体の楽
  • 苦・・・体の苦
  • 喜・・・心の楽
  • 憂・・・心の苦
  • 捨・・・不苦不楽
捨は楽でも苦でもない感覚なので、心の平静さという意味で一種類に分類します。