四念住

念住とは、所縁(対象)に対して念(気づき)がしっかり住する(定着する)ことを言います。念住の自性は、大善心8、大唯作心8、安止速行心26に相応する念心所です。それでは順番に見てみましょう。

身随観(身に対し随観し続ける念住)

自身の32の身体の部分(色蘊)を所縁として、繰り返し観察する念住のこと。

この念住によって、自身の身体は実は不浄であるということに気づくことで、「自分の身体は清浄である」というひっくり返ったものの見方を断つことができます。

受随観(受に対し随観し続ける念住)

苦、楽、捨などの感覚(受蘊)を所縁として、繰り返し観察する念住のこと。苦受はもちろん苦であり、楽受・捨受なども無常であることを観察して、結局は苦であることを理解します。

このように、つまるところ一切は苦であると気づくことで、受は楽であるというひっくり返ったものの見方を断つことができます。

心随観(心に対し随観し続ける念住)

心(識蘊)を所縁として、繰り返し観察する念住のこと。

この念住によって心は無常であることに気づくことで、心は常であるというひっくり返ったものの見方を断つことができます。

法随観(法に対し随観し続ける念住)

法とは想蘊(想心所)、行蘊(思心所)であり、これらを所縁として、繰り返し観察する念住のこと。

法は無我であることを観察することで、あらゆるものには第一義法(心・心所・色・涅槃)だけしかないと知ることができます。

このとき法に対して生じている、「法は我である」というひっくり返ったものの見方を断つことができます。